経験とメディア−−メディア研究の基礎論のために−−
 

張江洋直
 HARIE Hironao


*『稚内北星学園短期大学紀要』第12号 1999年3月(17−28頁)
 

目次

はじめに

1.メディア研究の現況

2.メディア研究から経験への問いへ

3.経験の基礎的構造

4.経験のメディア性

おわりに

文献
 

はじめに
 メディア研究の活況が久しい。それを時代からの要請といってしまえば、それだけのことなのかもしれない。社会学が時代と呼吸する、つまり「現代性」を一つの焦点として保持するのであれば(1)、それは当然のことなのだから。だが、近年のメディア研究の隆盛は、おそらくそうした一般性を超えているのではあるまいか。というのも、私たちがみるかぎり、そこで問われているのは、「メディア」「自我」「身体(性)」「リアリティ」といった、これまで謂わば自明視される仕方で用いられることの多かった基礎的概念であり、しかもそれらをかなり本源的な位相で再考しようとする作業もみられるからである(2)。
 本稿では、こうした研究動向を踏まえ、メディア(medium)およびその遂行作用(mediation)について、社会学基礎論的視角から考えてみたいとおもう(3)。

1. メディア研究の現況
 近年、社会学におけるメディア研究には大きな変化がみられる。しかも、それはかなり本源的志向を内包するものであって、そこでは地殻変動が生じているようにさえみえる。それを端的に象徴化しているのが、一九八〇年代後期以降にみられたM.マクルーハンへの再度の着目であるという[吉見、一九九二;浜、一九九三;若林、一九九三]。周知のように、マクルーハンは一九六〇年代に字義どおりの時代の寵児となる。それは研究者集団の域をはるかに超えた、ある種の社会現象と呼んでよいものであったろう。そして、彼は七〇年代への時代的推移とともにあたかも死んだ犬の如き扱いを受ける。この差異はどこから生じるのだろうか。それを議論準位におけるイデオロギー的地平からの解放と呼べるかもしれない。あるいは、マクルーハンのどこかいかがわしいレトリックに距離をおくためには、それなりの時間を要したとみることもできるだろう。だが、さらにそこには、人間存在をより本源的に洞察していこうとする社会学思潮のより深化する傾向をみることができるようにおもえる。この点をはっきりとみるために、まずここで社会学におけるメディア研究の現況を簡略に鳥瞰しておきたいとおもう。

 「メディア論は、新しい領域だ。メディアがそれ自体として対象化され、批判的検討を なされるようになってから、せいぜい一〇年程度しかたっていない。欧米の場合、二〇世紀前半からヴァルター・ベンヤミン、ハロルド・イニス、マーシャル・マクルーハンらによって、メディアが論じられてきた系譜はある」[水越、一九九三:五八]。

 水越伸はここで「メディアがそれ自体として」論議の対象とされてこなかった経緯を語っている。「高度情報化社会論、ニュー・メディア論は、官庁や財界、メディア業界のポリティカルな力学のなかから噴出し、研究者もまたその議論のステージに便乗することでとりざたされた」[水越、一九九三:五八]という。こうした事情を含意させつつ、若林幹夫はメディア論の議論準位の推移を「ニュー・メディア論」から「メディア論」への転換という「いささか逆転した言い方」で述語化している[若林、一九九三:四六]。
 ここでいう「ニュー・メディア論」は、時代的には「一九七〇年代から八〇年代半ばまで」を指し、そこでは「電子的な情報通信技術の高度化と社会の関係をめぐる議論……の焦点は、……新しい電子情報通信メディアが社会にもたらすであろう新たな便益をめぐる未来像の構築に据えられていた」[若林、一九九三:四六]。それに対して一九八〇年代の半ばから生じた新たな、より本源的な理論動向が「メディア論」であるという。
 ニュー・メディア論がそのように呼ばれるのは、むろん、それが「新しい電子メディア」に着目するからであるが、若林はそこにみられた諸議論を「メディアを使う人間の主体性や身体性、そこに生じる社会的な意味や感覚に関しては比較的不変的な同一性を想定していた」と総括している[若林、一九九三:四六]。それに対して、「メディア論」は、「新しい情報通信メディアが、それを用いる人間の身体や、そこに生じる意味、感覚に働きかけて、それらを変容させることに注目し、メディアと身体の相互作用という点から高度情報化の意味を捉え直そうとする」[若林、一九九三:四六-七]という。
 このような差異は、おそらくメディア観に端的に顕れているということができよう。前者は謂わば旧来のメディア観に対応している。ここでいう旧来のメディア観の典型は、C.E.シャノンに代表されるものである[Shannon,C.E. and Weaver,W.,1964=一九六九:四六]。周知のように、彼が提唱した数理モデルは、情報源・送信機・メッセージ・通信路・受信機・受信地という六つの構成要素からなる。それは、「おそらく、もっとも影響力のあるコミュニケーション・モデル」[McQuail,D.,1975=一九七九:二二]といわれており、そこにおいては、メディアはたんなる「通信路」にすぎないものとして捉えられている。これを社会的コミュニケーション・モデルに適用させるために、たとえば「チャネル」あるいは「メッセージの搬送体」[竹内、一九七三:一一〇]などの用語に置換したとしても、そこでの基本了解に変化がみられるわけではない。いずれにせよ、こうしたモデルはメディアをたんにコミュニケーションを媒介するものとしてのみ捉えようとする観点においては同一であり、それゆえ、この構えにおいては、「メディアを使う人間の主体性や身体性……は比較的不変な同一性を想定」されざるをえないのである。
 このようにしてみると、「ニュー・メディア論」から「メディア論」へというメディア研究の議論準位の推移は、それまで自明視されてきた基礎概念をその根柢から問いなおす、謂わばメディア研究の基礎論、つまり、自らの根拠への問いを内包するものとして捉えなおすことができるだろう。そこでは、メディアそのものが再考されるべき一つの問題系としてあるといってよい。むろん、メディアはたんなる道具であるだけではない。

2. メディア研究から経験への問いへ
 では、シャノン型モデルと対置されるメディア観とはどのようなものなのだろうか。おそらく、わが国でこうした旧来のメディア観と決別する理論的岐路を比較的早い時期から拓いてきたのは粉川哲夫である。

 「日常的にわれわれは薄々気づいているのだが、依然として、メディアによってメッセージを伝達するという観念が一般的である」[粉川、一九九三:一〇]

 ここで「日常的」という用語は、態度性を指示している。むろんそれは、理論的な態度性ではなく、むしろそれ以前的なものだ。それは実践的な関心に基づいている。そこにおいて私たちは、明解に対象化された了知としてではないにせよ、それでもシャノン型モデルが私たちの諸経験にとって、ある限られた特殊なものにすぎないことを謂わば周縁的な〈知〉として「薄々気づいているのだ」。これは私たちの諸経験を簡略にふりかえってみれば、かなり明らかなことだろう。たとえば、私たちはメッセージのみに腐心して手紙を書くだけではない。場合によっては、むしろメッセージを載せるべき便箋や封筒の色や紙質などにこそ心を配る。いや、そこにこそ「文化資本」[Bourdieu,1979=一九九〇:一九二−三]が凝縮されてあるといわなければならないだろう。ハビトゥスとはそうしたものだ。パーソナルなファクシミリにはイラストは欠かせないと感じる世代も現れているだろうし、さらに街には、携帯電話というツールによって電話メディアでの会話モードを更新してしまった世代が溢れているということもできよう。

 「『メディア』とはむしろコミュニケーションそのものを成り立たせる『場』であって、 単なる通路ではない。メディアはその意味で『送り手』と『受け手』をともに決定する力を持ちうるわけであり、メディアをどのように機能させるかは『送り手』がどのようなメッセージを持つかということよりも重要である」[粉川、一九八八:八六六]。
 
 メディアとは〈場〉である。おそらく、こうしたメディア観が「ニュー・メディア論」から「メディア論」への議論準位の深化を水路づけてきたのだろう。むろん、こうした主張は旧来のメディア通路説に較べてはるかに私たちの諸経験に根ざした、説得的なものである。とはいえ、そこに問題はないのだろうか。たとえば、こうしたメディア理解を始点とすることで、ひとつの極端な議論が準備される。「都市空間のメディア性」[高木、一九九四]と題された論考は、このメディア理解の拡張からはじまっている。「ここでコミュニケーションを, 人間の諸関係一般を指すものとして捉えるとするならば、メディアとは送り手と受け手の関係を成立させるものとして考えることができる」[高木、一九九四:一一〇]。ここで私たちは、この論考それ自体を批判したいのでもなければ、また、その拡張に問題をみいだしたいのでもない。それは都市論としてすぐれたものであろうし(4)、また、その拡張も決して恣意的なものではない。むしろメディアを〈場〉として理解するのであれば、こうした拡張は必然的なものだといってよい。では、何が問題なのだろうか。
 メディアを〈場〉として理解する言説は、メディア論としてすぐれている。しかしそれは、メディア研究という学的地平においていいうることであるにすぎない。いい換えれば、メディアを〈場〉と定義することによって、じつはそこでの議論地平はメディア論であることを止め、人間的諸経験への議論へと転轍されることを要求しはじめているのではあるまいか。むろん、そこからはじまる理路は、メディア論としては拡散しはじめることになるはずである。先に高木恒一の論考を呈示したのは、メディアを〈場〉として理解する議論位相を先鋭化させるための一つの事例としてなのである。
 ここで揚言しておこう。都市はメディアなのだろうか。むろん、都市にメディア性をみることはできるし、それがすぐれた分析軸として機能する可能性は充分にある。実際、先の高木の論考はそうしたものの一つとみることができる。だが、《都市はメディア性をもつ》と《都市はメディアである》という二つの命題は等価ではない。
 私たちはここで、これら二つの命題が混同される可能性を危惧しているのではない。そうではなく、もしも《都市がメディア性をもつ》とするならば、それがなぜなのか、そこに理論関心を焦点化したいがためなのである。むろん、メディア概念の更新がそれを可能としたと考えることはできる。だが、それだけなのだろうか。《都市がメディア性をもつ》ならば、それはそもそも人間の諸経験がメディア性をもっているからなのではあるまいか。
 かつてマクルーハンは「メディアはメッセージである」[McLuhan,1964=一九六七:一四]と語った。この言辞は、今日においても、ある種のいかがわしさを伴いつつも、鮮烈かつ衝撃的である。だがそれに比して、メディアを〈場〉とする言辞がもつ衝撃力は、シャノン型モデルが支配的な認識空間において有効な意義をもつものにすぎないようにみえる。このマクルーハンの命題を「メディアそのものが、それが運ぶメッセージとは独立にもっている、……人間の経験と関係を構造化する力を言い表したもの」[浜、一九九六:九八]と理解するならば、かえって問題とすべき点が明確になるにちがいない。なぜなら、マクルーハンの議論は、たんにメディアという経験の領域を問うているだけではなく、むしろ人間の経験という領野においてすでにつねに不可分のものとしてある、謂わばそうした経験の可能性の条件として〈メディア性〉を問うていると理解できる可能性を保持しているからである。

3. 経験の基礎的構造
  さて、ここでは一旦メディア研究の文脈から離れ、「経験」について考えてみることにしたい。とはいえ、漠然と何の限定もなしに「経験」という広大にすぎる領野を語ることはできまい。そこで、とりあえず概括的な手がかりをえることにしよう。

  「経験とは、世界に臨み世界において生きんとする人間の、受動的であり乍ら積極的な 営為なのである。それは現実の状況に人間的に応答対処する、実践的活動の一環なのである」[中島、一九八八:一]。

 経験とは〈生(Leben)〉の一環である。これが出立点である。もしも私たちの〈生〉が抽象態として考えられないとするならば、むろんそれは世界において生きることであり、世界に臨むことなのだ。いい換えれば、「〈生〉とは、《身体をもって生きるこの個体として世界の内に在ること》」[張江、一九九七b:一一四]といってよい。世界において生きるというのは、私たちがすでにつねに〈世界の内に在る〉という仕方で存在していることの謂いだ。「人間の存在が身体的存在であり、しかもその存在が『世界内存在』であるかぎり、身体の変容と世界の変容とは同じ事態の表裏の関係にあると考えられる」[越智、一九九二:二〇二]のである。むろん、そうであるがゆえに「メディアと身体の相互作用という」[若林、一九九三:四七]メディア論に顕現化した観点が存立可能なのだし、またそれは、堅持されなければならないのだ。
 そうであるとすれば、経験への問いは、もっぱら自らが住まうこの世界との相関において問われるのでなければならないだろう。では、世界とは何か。
 それは、「そのなかにわれわれがつねにすでに生活している世界、そして一切の認識行為や一切の学問的規定の基盤をなす世界」、すなわち「生活世界」にほかならない。E.フッサールが主唱した生活世界概念は多義的であるのだが(5)、その要点を確認しておこう。
 生活世界とは、「一切の個別的経験の普遍的基盤として、経験の世界として、一切の論理行為以前に直接にまえもってあたえられるような世界」[Husserl,1964=一九七五:三三]である。フッサールはそれを別様に、「つねに問われるまでもない自明性のうちにあらかじめ与えられている感覚的経験の世界や、そこから栄養を得ている非学問的思考生活、そして結局は学問的思考生活をも含めたすべての思考生活の世界をも包括している」[Husserl,1954=一九七四:一〇六]とも語っている。
  経験が「受動的であり乍ら積極的な営為」というのは、経験意識の位相性を的確に語っている。そこでは、「高次の思惟作用が自発性(Spontaneitaet)の意識であるのに対して、知覚が受容性(Rezeptivitaet)の意識である点」[新田、一九七八:九四]が語られている。両者の関係で留意すべきは、経験が「科学的規定を含む一切の高次意識の基盤であり、明証上の基底である」[新田、一九七八:九三]という学問論的な観点である。むろん、ここでいう「知覚」とは、たんなる心的現象としての「感覚」と同義ではない。「『感覚』が、われわれの生活の場に属する現実の条件を表わす可能性をもつ場合に、それは『経験』の契機となるのである。『感覚』とは本来そうしたもので、純然たる感覚的性質に意識が染まるといった『感覚』の概念は、哲学者や心理学者の作りものでしかない」[中島、一九八八:六]だろう。
  こうした経験が生活世界との相関において問われるということは、それゆえ、より具体相においては、経験が「限定的な意味領域」[[Schutz,1973=一九八五:三八]である一定のリアリティとの相関のなかで考えられるのでなければならないことを意味している(6)。それは、私たちの諸経験がすでにつねに特定の「認知様式によって刻印づけられている」[Schutz,1973=一九八五:三九]からであるが、これを逆に、たとえば「あらゆる経験は経験の地平をもっている」[Husserl,1964=一九七五:二四]と語っても同じことである。
 周知のように、こうした基本的構造をもつ経験と類縁的な概念に「体験」がある。両者は、独語では体験(Erlebnis)と経験(Erfahrung)とに明瞭に区別されるとはいえ、管見の及ぶ範囲で語れば、英語や仏語にその別はない。たとえば、両概念を反省作用を仲立ちに峻別することによって行為論における意味問題を基礎づけようとしたA.シュッツの主著の英訳版では、「Erfahrung=経験=experience」に対して、「Erlebnis=体験=lived experience」とされている[Schutz,1967:50. ff.]。"lived experience"を「生きられた経験」と訳す妥当性の吟味はともかくとして、ここに私たちにとって必須の問題を解くべき鍵が蔵しているようにみえる。それゆえ、ここで少しくシュッツの所説を一瞥しておきたいとおもう(7)。
 シュッツはH.ベルグソンにならい〈生〉を大きく二つに峻別する。その一方は、日常的世界における〈生〉であり、ここには知的態度・言語使用・反省そのものなどが含まれる。もう一方は、持続(duree)における〈生〉である。ベルグソンによれば、「純粋持続とは、質的変化の継起……であり、それらの変化は、はっきりとした輪郭をもたず、お互いに対して外在化する傾向ももたず、……融合し合い、浸透し合っている。それは純粋の異質性」[Bergson,1889=一九七五:九九]であるという。そうであるがゆえに、シュッツはこの世界を「生成しつつ消去していく世界(entwerdende  Welt)」[Schutz,1974:47=一九八二:五一]と呼び、こうした持続における〈生〉を「体験流での起伏なくとりとめのない生」[Schutz,1974:62=一九八二:六一]と特徴づける。ここで留意すべきなのは、体験と経験との概念的な差異を決定づける境界線の設定である。

 「すでに体験されたもの(Erlebtes)だけが有意味なのであって、体験作用(Erleben)はそ うではない」[Schutz,1974:69=一九八二:六九]。

 体験作用とは、「いわゆる意識するものと意識されるものとが分離しないで一体となっている働きのこと」[新田、一九九七:一四八]である。ここでシュッツが語っている要諦は、自己意識論的問題機制という制約においてではあるが、経験と区別される体験において、自我はそこで生起している事態を〈知らない〉ということなのだ。シュッツにとって、「私が……反省作用において、この純粋持続の流れから……外に出る」[Schutz.1974:68=一九八二:六八]ことが肝要であり、「意味とは、……反省的まなざしにおいてのみ可視的になる」[Schutz,1974:69=一九八二:六九]。
 ここで私たちは、シュッツ意味構成論そのものを吟味したいのではない。そうではなく、こうしたシュッツの語用法が特異なものではないこと??おそらく、W.ディルタイのそれを踏襲したものであろう??、さらにその論理構成において一対の二項図式がその基柢にみられることを確認したいのである。そこにおいて、体験?経験の構図は〈直接性?間接性〉を下図としているとみてよいだろう。持続とは〈体験=直接性における生〉であり、それは反省という介在作用においてはじめて輪郭づけられるのである。いい換えれば、反省作用を媒介させるという〈間接性〉においてそれは意味として〈知られる〉のである。

4. 経験のメディア性
 私たちは〈経験のメディア性〉を探るために、経験への問いをはじめたのだった。だが、その理路のさなかで、謂わば媒介されない〈直接性〉として体験作用をみいだしたかにみえる。概念定義上、まず体験が成立し、それが輪郭づけられたものを経験と呼ぶのであれば、むろん体験は経験の基柢層に位置することになろう。そうであれば、経験の基柢層には無媒介的な〈直接性〉がすでにつねに成立しているといわなければならないのだろうか。
 結論を先どりしていえば、答えは否である。おそらくこうした〈直接性〉への希求は確実性への欲望からやってくるものだろう。むろん、それを〈アルキメデスの点〉に喩えることもできよう。だが、周知のように、「認識にアルキメデスの点はありえないということ」[Bollnow,1970=一九七五:二一]は私たちにとって出立点に属す事柄である(8)。この点をしっかりと把握するために、浜日出夫によって呈示されたメディア論を一瞥したいとおもう。それは、私たちが知るかぎりもっとも周到かつ根柢的な位相で語られている。

 「人間と対象との間に立ち、人間を対象に結びつけると同時に対象から引き離すもの、 対象についての経験を可能にしていると同時に間接化しているもの、この二重の意味で 経験を媒介(mediate)しているものを、もっとも広い意味で『メディア』と呼ぶことができる。『メディア』とはもともと『間に立つもの』の謂である。……メディアが、経験を間接化するだけでなく、われわれの経験を可能にしているものでもある以上、メディアはむしろ人間の存在論的条件に属している」[浜、一九九三:六八−九]。

 メディアが「人間の存在論的条件に属している」といわれるのは、それが私たちの経験の可能性の条件として考えられているからである。むろん、ここに〈直接性〉に直裁に関わる言辞はない。ただ留意すべきなのは、「メディアは経験を間接化する」という命題である。そこには、間接化される以前の経験を〈直接性〉とする了解が暗示されている。
 浜はここで、G.ジンメルを念頭に「メディア性」を両義性のうちに捉えている。「人間は結合をめざしながらもつねに分割をおこなわざるをえず、分割せずには結合することもなしえない存在者である」[Simmel,1957=一九九四:四二]。こうした了解そのものは適切である。だが、問題は〈直接的な経験〉をあたかもどこかに想定しているとおもわせざるをえない記述の仕方にある。しかし、はたしてそうした〈直接性〉はそもそも成立可能なのだろうか。

 「われわれがあるがままの姿で横たわっている自然界のなかから二つの事物を選びだし て、これらを『分割されている』とみなすとき、われわれはわれわれの意識のなかですでにそれらをたがいに関連づけ、両者のあいだに介在しているものにたいして両者をともどもにきわ立たせているのである」[Simmel,1957=一九九四:三五−六]。

 私たちはいま「媒体(Medium)」の問題系に遭遇している。ジンメルが語っていることは端的な事態だろう。たとえもっとも手近に与えられているものといえども、そこはすでにつねに「分割されている」。すでにつねに「分割されている」がゆえに、私たちは「近さと隔たり」を経験できるのである。私たちはこうした〈事実性〉から出立するのでなければならない。そうであれば、ここで問われるべきなのは「両者のあいだ」である。では、「あいだ」とは何か。新田義弘によれば、「人間の経験の根底には、自己と他者と世界とによって構造化された『間(Zwischen)』すなわち世界への開け
(Welltoffenheit)が横たわっている」[新田、一九九七:一六六]。新田はそれを別様に「近さのなかの原初的な隔たり」[新田、一九九七:三一二]とも呼ぶ。「第一に、自己と世界(周囲)とを媒介するのは、……身体性(Leiblichkeit)の機能である。……第二に、自己と自己との間を媒介するのは、時間性またな時間意識の働きである。……第三に、自己と他者との間を媒介するのは、『機能するわれわれ(fungierendes Wir)』の働きである」[新田、一九九七:一六六−七]。
 経験はすでにつねに媒介されたものである。むろん、ここでいう「媒体」はメディア研究において審議される「メディア」とはたしかに次元を異にしている。だが、いずれにせよ、「媒体とは、自らを隠すことによって他のものを顕わにする役割を、つまり、いわゆる『隠蔽』と『開示』の働きを同時に果たす機能をもっている」[新田、一九九七:一六六]ことは留意されるべきであろう。経験の基柢層に横たわる、こうした媒体の機能はすでにつねに成立している。あるいは、こうした基柢層に成立する〈経験のメディア性〉が経験の可能性の条件としてすでにつねに機能しているがゆえに、私たちは〈メディアにおける経験〉をそれとして為しうるのだということもできるだろう。

おわりに
 おそらく、私たちの〈直接性〉への欲望は根強い。すでに述べたように、それは学問論的準位にあっては謂わば〈確実性〉と呼応しているとみることができよう。だが、それだけではないのだ。おそらく、こうした〈直接性〉への欲望は経験的明証性に支持されている。この点を換言してみよう。たとえば、ニュー・メディアをめぐるリアリティ?バーチャル・リアリティ論にあって図らずも顕になった、あいも変わらぬ〈オリジナル?コピー〉の二項図式はたんに近代的な認識論的構図からやってくるだけではないだろう。それは、私たちの経験が謂わば「対面的状況」を本義とする実感を支点としている。
 たとえば、浜はシュッツの社会的世界論にみられるウムヴェルト(Umwelt)とミットヴェルト(Mitwelt)関係を「相互基づけ関係」[浜、一九九一:一四八]として理解することを提唱する。前者は「時間的・空間的直接性」[Schutz,1974:228=二二四]を、後者は「間接性」[浜、一九九一:一四二]を特徴とする。浜の脱構築的な理路は適切なものなのだが、そうであるにも拘わらず、やはりシュッツがそうしたように、両者の関係は「ウムヴェルトの方に傾斜している」[李、一九九七:一八〇]といってよいのではあるまいか。むろん、その根拠をシュッツのようにたんに〈直接性〉に求めるべきではあるまい。むしろ止目すべきなのは、リアリティの所在なのだ。

 「類型化されるものは、類型化によって捉えきれない何かを指し示すのであり、……類型化に伴うこのような〈否定の契機〉が当の類型化の境界を浮き彫りにし、まさにその点において、産出された類型にリアリティを与える」[李、一九九七:一八一]。

 ここで李晟台が語っているのは、私たちのそのつどの経験においてそのつど生起している、謂わばそのリアリティの構成であり、それを経験の基本構造といってもよいだろう。そのつどの経験においてそのつどに生起する〈否定性の契機〉に媒介されることによって、私たちの経験は明証的たりうるといわなければならないだろう。そうであれば、私たちが為さねばならないのは、こうした〈否定性の契機〉あるいは〈間〉を問う地点(9)から経験のメディア性やそこにおけるリアリティ構成をさらに考察することである。


(1)社会学には「実証性、日常性、共同性(関係性)、現代性」という四つの焦点を認めることができる。この点に関しては、[西原、一九九一]および拙稿[張江・佐野、一九九七]の参照を願いたい。
(2)メディア論の活況を特徴づけるものとして、『思想』1992年7月号の特集「情報化と文 化変容」、『情況』1993年7月号の特集「メディアと権力」、あるいは岩波講座『現代社会学』全27巻(1996年)の『メディアと情報化の社会学』(第22巻)などを挙げることができる。こうした研究動向は安定しており、一過的な思想的流行といったものではない。本文にも記したが、マクルーハンへの再評価なども、むろんそのなかに含まれるだろうし、『メディア論』の新たな邦訳出版などは象徴的である。また、「情報文化」言説の歴史性や近代性への評定として、拙稿[張江、一九九八b]も併せて参照願いたい。
(3)社会学基礎論に関しては、[西原、一九九七]や拙稿[張江、一九九七a;一九九七b;一九九七c;一九九八a]などの参照を願いたい。
(4)こうした都市論として、[粉川、一九八七][吉見、一九八七][若林、一九九一]などを挙げることができる。
(5)E.フッサールの生活世界概念の二義性に関しては[Claesges,1972=一九八〇]を、また 拙稿[張江、一九九一;一九九八a]も併せて参照願いたい。
(6)経験の意味とリアリティとの関連については、[Schutz,1962=一九八五]所収の「多元的現実論」二編を、また拙稿[張江、一九九〇]も併せて参照願いたい。
(7)シュッツの意味構成論およびその批判的吟味として拙稿[張江、一九八五;一九八八]を 参照願いたい。
(8)こうした解釈学的問題設定に関しては、[Bollnow,1970=一九七五]の他に[野家、一九八七]および拙稿[張江、一九九一]の参照を願いたい。
(9)新田は「媒体そのものが生きられている媒体であること」に留意を促し、その忘却や「自我−世界−他者」という構成契機の実体化といった「新しい仮象化の危険に絶えずさらされていること」[新田、一九九七:三二二]を考察の指南力として呈示している。
 

文献
Bergson, H.(1889) Essai sur Les Donnees Immediates de La Conscience , Presses  Univ. de France.[平井啓之訳『時間と自由』白水社、一九七   五]
Bollnow, O.F.(1970) Philosophie der Erkenntnis, V. W. Kohlhammer. [西村皓・井上坦訳『認識の哲学』理想社、一九七五]
Bourdieu, P.(1979)La destinction,Seuil.[石井洋二郎訳『ディスタンクシオン』I、藤原書店、一九八九]
Claesges,U.(1972) Zweideutigkeiten in Hlusserls Lebenswelt-Begriff. [鷲田清一訳『現象学の根本問題』(新田義弘・小川侃編)晃洋書房、一九     八〇]
浜 日出夫  (1991) 「社会は細部に宿る」、『現象学的社会学の展開』所収。
浜 日出夫  (1993) 「マクルーハンの銀河系」『情況』1993年7月号、情況出版
浜 日出夫  (1996) 「マクルーハンとグールド」『メディアと情報化の社会学』岩波書店
張江洋直  (1985) 「A・シュッツと〈現象学的還元〉」『東洋大学大学院紀要』第22集
張江洋直   (1988) 「A・シュッツと〈三つの公準〉」『東洋大学大学院紀要』第25集
張江洋直   (1990) 「〈意味〉と〈現実〉」『リアリティの社会学』(張江洋直・小谷敏・佐野正彦・井出裕久ほか著)八千代出版
張江洋直  (1991) 「シュッツと解釈学的視座」『現象学的社会学の展開』所収
張江洋直   (1997a)「〈死〉の社会性と現代社会」『ソシオロジカル・クエスト』(張江洋直・井出裕久・佐野正彦編著)白菁社
張江洋直   (1997b)「〈死の社会性〉をめぐる前梯」『〈死生学〉入門』(竹田純郎・森秀樹編)ナカニシヤ出版
張江洋直   (1997c)「社会学と現象学的思惟」『現代社会理論研究』第7号(現代社会理論研究会)人間の科学社
張江洋直   (1998a)「A・シュッツの問いの構造」『情況』1998年1・2月合併号、情況出版
張江洋直  (1998b)「『情報文化』における〈歴史的現在〉と近代性」『現代社会理論研究』第8号(現代社会理論研究会)、人間の科学社
張江洋直・佐野正彦(1997)「現代社会と社会学の焦点」『ソシオロジカル・クエスト』所収
Husserl, E.(1954)Die Krisis der europaeischen Wissenschaften und transzendentale Phaenomenologi,Husserliana Bd.VI.[細谷恒夫・木田元訳     『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』中央公論、一九七四]
Husserl, E.(1964) Erfahrung und Urteil, 3 Aufl.,Clasen Verlag.[長谷川宏訳『経験と判断』河出書房新社、一九七五]
粉川哲夫   (1987) 『ニューヨーク街路劇場』北斗出版
粉川哲夫  (1988) 「メディア」『社会学事典』(見田宗介・栗原彬・田中義久編)弘文堂
粉川哲夫  (1993) 「トランスミッション」『情況』1993年7月号、情況出版
McLuhan, M.(1964)  Understanding Media.[後藤和彦・高儀進訳『人間拡張の原理』竹内書店、一九六七/栗原裕・河本仲聖訳『メディア論』みす    ず書房、一九八七]
McQuail, D.(1975)  Communication, Longman Group Limited.[武市英雄・松本修二郎・山田寛・山中速人訳『コミュニケーションの社会学』川島書    店、一九七九]
水越伸   (1993) 「メディア論の混沌」『情況』1993年7月号、情況出版
水越伸   (1996) 「情報化とメディアの可能的様態の行方」『メディアと情報化の社会学』岩波書店
中島盛夫  (1988) 『経験と現象』世界書院
西原和久  (1991) 「社会学理論の現在」『社会学理論のリアリティ』(西原和久・張江洋直・佐野正彦共編)八千代出版
西原和久編 (1991) 『現象学的社会学の展開』青土社
西原和久   (1998) 『意味の社会学』弘文堂
新田義弘   (1978) 『現象学』岩波書店
新田義弘  (1997) 『現代哲学』白菁社
野家啓一   (1987) 「生活世界」『知の理論の現在』(丸山高司・小川侃・野家啓一編)世界思想社
越智貢   (1992) 「身体と技術」『思想』No.817、岩波書店
Schannon,C.E. & Weaver,W.(1964) The Mathematical Theory of Communication, Univ. of Illinois Press.[長谷川淳・井上光洋訳『コミュニケーシ    ョンの数学的理論』明治図書、 一九六九]
Schutz, A. (1962)  Collected Papers I, Nijhoff.(渡部光・那須壽・西原和久訳『社会的現実の問題』一・二巻、マルジュ社、一九八三、一九八五)
Schutz, A. (1964)  Collected Papers II, Nijhoff.(渡部光・那須壽・西原和久訳『社会理論の研究』(著作集第三巻)、マルジュ社、一九九一)
Schutz, A. (1974)  Der Sinnhafte Aufbau der Sozialen Welt, Surkamp.[佐藤嘉一訳 『社会的世界の意味構成』木鐸社、一九八二]
Simmel, G. (1957)  Bruecke und Tuer[酒田健一・熊沢義宣・杉野正・居安正訳『ジンメ ル著作集』第12巻、白水社、一九九四]
高木恒一  (1994) 「都市空間のメディア性」『メディア社会の現在』(林進編)学文社
竹内郁郎  (1973) 「社会的コミュニケーションの構造」『現代の社会とコミュニケーシ ョン』第1巻、東大出版
若林幹夫   (1991) 「都市空間の現在」『放送学研究』No.41
若林幹夫   (1992) 「情報化とゲームの領分」『思想』No.817、岩波書店
若林幹夫   (1993) 「メディアと社会変容」『情況』1993年7月号、情況出版
李晟台      (1998) 「他者と他者性」『現象学的社会学は何を問うのか』西原和久・張江洋直・井出裕久・佐野正彦編、勁草書房
吉見俊哉   (1987) 『都市のドラマトゥルギー』弘文堂
吉見俊哉   (1992) 「メディア変容と電子の文化」『思想』No.817、岩波書店
吉見俊哉   (1996) 「電子情報化とテクノロジーの政治学」『メディアと情報化の社会学』 岩波書店