2002年度「情報メディア入門」2(4月5日)

テーマ:〈メディア論〉という視点                                                                                                            張江洋直

1.〈メディア論〉とは何か

→〈メディアの変容〉と文化=経験・生活・社会の変容とを関連づける発想

a)マクルーハンの思想

メディアの歴史は「感覚器官の拡張」の歴史である。M.マクルーハン『メディア論』

「いかなる技術も徐々に完全に新しい人間環境を生み出すものである……。環境は受動的な包装ではなくて、能動的な過程である」(McLuhan[1964=1987:ii])

マクルーハンにとって「メディア」とは「われわれ自身の拡張したもののこと」であり、「われわれ自身の個々の拡張」とは「新しい技術のこと」(McLuhan[1964=1987:7])である。たとえば「衣服は皮膚の拡張であり」(McLuhan[1964=1987:120])、「機械化」とは「人間の外なる自然あるいは人間の内なる本性を、増幅させ特殊化した形式に移し変えたものに他ならない」(McLuhan[1964=1987:59])

b)オングの思想

メディア(経験を媒介するもの)と社会的構成の相関関係

J.W.オング『声の文化と文字の文化』藤原書店

「声の文化にとっては、学ぶとか知るということは、知られる対象との、密接で、感情移入的で、共有的な一体化をなしとげる、ということを意味する。……書くことは、知られる対象から知る対象を切り離し、そうすることによって、『客観性』の条件をうちたてる。その客観性とは、知られる対象に個人的に関与せず、そこから距離をとるという意味である。……口語の語り手たちがもっているような『客観性』は、きまり文句的な表現によって強いられるところの客観性である。つまり個人[聞き手や語り手]の反応はたんに個人的、あるいは『主観的な』反応として表現されるのではなく、むしろ共有的な反応のなかにすっぽりとくるまれたものとして表現される。つまり共有的な『たましい』にくるまれたものとして表現される。」(Ong,Walter J.:1982=1991:101)

 

2.メディア決定論あるいは技術決定論の問題性

→メディア変容と社会変容(変動)とは、ただちに相関するものではないが、メディア変容は、社会変容(変動)の一つの重要な要因である。

*社会的な複合的で重層的な諸力『メディア論』吉見俊哉・水越伸[1997]

「エレクトリック・メディア……は、情報技術の発達によって変化するだけではなく、国家や資本の編制力から、市民、あるいは大衆の想像力にいたる、複合的で重層的な社会の諸力の錯綜した結果として、今日のような姿に固定化させられてきた」(水越[1996:186-7])

McLuhan, M. [1964]  Understanding Media, McGraw-Hill.[1987]栗原裕・河本仲聖訳『メディア論』みすず書房

水越伸 [1996]「情報化とメディアの可能的様態の行方」吉見俊哉編『メディアと情報化の社会学』(『岩波講座 現代社会学』第22)岩波書店

Ong, Walter J.[1982] Orality and Literacy.[1991]桜井直文はか訳『声の文化と文字の文化』藤原書店

吉見俊哉・水越伸[1997]『メディア論』放送大学教育振興会


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