平成15年度秋田県介護老人保健施設職場交流研究会(20031008

【配布資料

現代における〈死〉と高齢者の時間意識
――高齢者の人権を考える前提として――

張江洋直(稚内北星学園大学)

キーワード:自己物語/共同体/死の個人化/時間意識


 1.人権について

1-1.(法的)権利は現状維持という基準で成立する.

      ex. 時効・既得権etc.

・法は歴史的に「共同体(community)における掟−宗教」へと遡及できる。

1-2.人権は自然法に由来する.

・実定法と自然法……上位は後者.

・「天に代わって不義を討つ」.[古代中国の「天」は自然法にあたる。]

1-3.人権の具体的な内容は文化−社会によって異なっている.

・自由権と社会権[19c.から20c.への転換]→【資料 a】参照

 

2.現代における高齢者の特徴

2-1.日常生活の限界を経験する.→【資料 b】参照

2-2.現代社会において老齢は〈地位の喪失〉を意味する.

・現代社会では、「成熟」という価値はかつての輝きを失った。

2-3.カテゴリー化には、暴力的な作用がある.

・「お母さん」の憂鬱。それは贅沢な悩みだろうか。

 

3.現代における死の特徴

3-1.タブー視される死.→【資料 c】参照

3-2.〈死〉の体験の3様態

・「1人称の死」/「2人称の死」/「3人称の死」

3-3.個人化される〈死〉

・「死んだらどうなるの?」……この問いに答えられるだろうか。

共同体の物語から切り離された諸個人(現代人)にとって、「家族」という共同性との連結が「死後」と現在を支える重要な絆になっている。→家族という(自己)物語

 

4.高齢者の時間意識

4-1.時間意識の構造

・「過去+現在=未来  過去+未来=現在」……はたして、どちらの等式が妥当なのか?

4-2.「根本的不安」は隠蔽される.→【資料 d】参照

・「不安からの逃走」=タブー視される不安

4-3〈自己物語〉をサポートすること

・精神分析(自己物語)の回復過程)


【配布資料 資料集(現代における〈死〉と高齢者の時間意識)

 (資料 a)(配布資料1-3.)

自由権三省堂「大辞林 第二版」より)

個人の自由が国家権力の干渉・介入を受けることのない権利。現行憲法における、信教・思想・良心・表現・集会・結社・居住・移転の自由など。自由権的基本権。

社会権三省堂「大辞林 第二版」より)

個人の生存、生活の維持・発展に必要な諸条件を確保するために、国家に積極的な配慮を求める権利の総称。現行憲法は生存権・教育権・勤労権・勤労者の団結権・団体交渉権・争議権を規定している。


(資料 b)(配布資料 1:2-1.)

人間の経験は、昼の部分と夜の部分とに分かれていると考えることができる。昼間の部分の経験というのは日常生活の世界であり、たとえその中に不幸な経験が含まれているとしても、その構造ははっきりしていて、確かなものである。……夜の部分とは、夢や幻や、何かぼんやりとした人間以外の存在となる可能性を経験する世界のことである。かつて古代の人間はこれを神との出会いとみなしたが、今日、われわれは、これを一般に精神医学の管轄下の問題であるとする。人間のする経験のうちで、夜の部分に属していることが最も明白なのは、死の経験である。……他人の死を目撃した者にとっても、死の経験は日常生活の中にある、確実で、しかも明白なことをその根底から脅かすものに映る。老齢や病気は、平常の生活構造を脅かすものとしては、死ほど劇的ではない。それでいながら老齢と病気は死の前兆以外のものではない。そのため老齢と病気とは、個々の人間にも、社会にも、非常に特別な反応を呼び起こす。PL.バーガー & B.バーガー著『バーガー社会学』学研、1979362.)

 

(資料 c)(配布資料 1:3-1.)

過去二百年においては大体……人間の三つの基本経験のうち、交接と(少なくともヴィクトリア朝中期においては)誕生が「口にできないもの」であり、……「死は常に不可解である」という当たり前のことを除けば、死は何ら神秘に包まれたものではなかった。……死亡率が高かった十九世紀に、「うるわしき亡骸」に別れの挨拶をしたことがないとか、人が死につつある場に一度も立ち会ったことがないという人は、滅多にいなかったであろう。[中略]ところが二〇世紀には、人目につかない変化が取り澄まし(注:上品さ)に生じたように思われる。……交接はますます「口にしてよい」ものになり、特にアングロ・サクソン社会ではそうなって来たのに対し、自然な出来事としての死は、ますます「口にできないこと」になったのである。G.ゴーラー著『死と悲しみの社会学』ヨルダン社、1986206207.)

 

(資料 d)(配布資料 1:4-2.)

われわれ自身の基本的な体験、すなわち私はいずれ死ぬことを知っており、また私は死を怖れているという基本的な体験……は、他のあらゆることがそこから生じてくる根源的な予想である。この根本的不安から、希望と怖れ、欲望と満足、好機と危機といった相互に関係し合う多くの体形が生じ、……それらに駆りたてられて……障害を乗り越えたり、計画を立てたり、その計画を実現したりするのである。/だが、そうした根本的不安そのものは、われわれが日常生活という至高の現実の内で人間として存在していることの、ひとつの相関物であるにすぎない。A.シュッツ著『アルフレッド・シュッツ著作集』第2  マルジュ社、198536.)


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