なぜ「著作権」の保護が必要か?

著作権はプログラマーやアーチストの生活を守るためにあります。


著作権の意味

皆さんが利用する多くのアプリケーション・ソフトやゲーム・ソフト、 あるいは皆さんが楽しんでいる音楽、写真、小説、映画などあらゆる メディア情報には「著作権」が存在します。
これらの「作品」を提供するために、多くのプログラマーやアーチストが労力 をはらい、彼らはその労働によって生計を立てているからです。
もし「著作権」が全く保護されず、デジタル情報のコピーが無制限に横行した とすると、彼らは労力に見合った経済的な報酬を得ることが できなくなってしまいます。 こうした状況は長い目で見ると、社会全体の損失につながります。 なぜなら、生活の保障がない職業にすすんでつこうなどと考える人は あまりいないからです。 結局、優れたプログラムや芸術作品は全く産み出されなくなる でしょう。

また、企業のレベルで見ても同じようなことが言えます。 ある会社が苦労して開発したアプリケーションを 勝手にコピーして配られたりしたら、その会社は利益を回収することができずに 倒産してしまうでしょう。
もっとひどいケースとして、ライバルの会社がコピーした製品を 安い値段で売ったりするかもしれません。 こんな状況が放置されていたら、新しい製品を開 発しようなどと考える企業はなくなってしまうでしょう。これも長い目でみれ ば、社会全体の損失です。


著作権の保護のため守るべきこと

上に説明した理由により、次のような行為は決して行ってはなりません。

他人の制作した作品を盗用し、自分の作品と偽ったり、販売したりしては いけません。

他人の制作した作品を無断でコピーして配ったり、コピーされた作品 をゆずってもらったりしてはいけません。

他人の制作した作品の一部または全部を、 自分の作品に流用したり、 勝手に改ざんして発表したりしてはいけません。


著作権の積極的な放棄

著作権の保護は非常に大切で、 すべての情報には原則として著作権があると考えてください。 しかし、あまりに厳しい規制が行われると、それもまた活発な創造活動を 阻害するおそれがあります。 「著作権」を理由に、一部の人がソフトウェアや芸術作品を独占したり、 不当な価格をつけたりすると、これも社会全体の利益に反します。
情報は本来多くの人に利用してもらうことで意味を持つのですから、 著作権にこだわらず自由に作品を公開したいという考えを持つ人もいます。 その場合には、著作権は主張しないことが宣言されます。 著作権が放棄された作品は、誰 でも合法的にコピーできることになります。

著作権の放棄は、社会全体への貢献になるだけでなく、 長い目で見ればそれを行った個人や企業にも利益をもたらします。
優れた作品が広く世の中に出れば、その作者は優れたプログラマーまたは アーチストとして世の中に認められることになります。 結果としていい待遇の職を得たり、別の作品が高い値段で売れるかもしれません。
企業の場合も同じです。無料で配る作品は宣伝の役割をしたり、 企業のイメージアップにつながります。 さらに、無料で配布したソフトウェアが広く受け入れられれば、 それを元に市場を広げることも可能になります。 古くは UNIX や Xウィンドウなどのシステム、 最近では Mosaicが典型的な例と言えます。


制限付きの著作権放棄

著作権の放棄をする目的は、作品をなるべく多くの人に有効に利用してもらっ たり鑑賞してもらったりすることです。 しかし、こうした目的に反する使用も行われる可能性があります。
たとえば作品をコピーした別の人が、それを販売して不当な利益を あげようとする可能性があります。 あるいは作品を勝手に改ざんして作者の意図をわざと ゆがめたコピーが広がるおそれもあります。 さらにひどい場合には、ゲームのソフトにウィルスをつけ加えて配るというような 犯罪もありえるでしょう。

残念ながら著作権をいったん放棄してしまうと、こうした許しがたい行為に対 して対抗する法的な基盤が失われてしまいます。 そこで考え出されたのが、「制限付きの著作権放棄」という考えです。
普通の著作権 (Copy Right) に対して "Copy Left" という言葉が 最近使われるようになりました。 この用語は GNUプロジェクトの提唱者であるストールマン という人の発案です。上に述べたようなトラブルを避けられるよう、 自分の作品は自由に配布するが、 それを勝手に販売したり改ざんしたりは許さないという、 いわば「ゆるやかな著作権」とも言うべきものです。 利用者から見ると、コピーしてくることは自由に行えますが、 正規な手続きによらずに内容を変更 したりはしてはなりません。 また、他人に配布するのも無制限に行えるわけではな く、作者が誰かなどをはっきりさせなければなりません。

Mosaicで公開されている多くのホーム・ページも、 ある意味でこの "Copy Left" 的な性格を持っていると言えるでしょう。 Mosaicのページの作者は、インターネットを通じてなるべく多くの 人に見てもらおうという意図を持っています。 しかし、自分のページの内容を勝手に書き換えられたり、 画像データの一部だけを盗用されたりするのは望んでいないはずです。
「別のページへハイパーリンクを作る」という操作は、 ある意味ではコピーを作って配るのと似た作業と言えます。 インターネットでは暗黙のうちに、この作業をしてもよいことが 約束されています。 実際、ハイパーリンクを作るだけなら、他人のページの内容に干渉することには なりません。また、その作成者が誰かという点も明確にわかります。
しかし、それ以上のことは行うべきではありません。 他人のページの内容をそっくり自分のページに取り込んであたかも 自分が作ったように見せたり、 著作権が存在するかもしれない画像データを無断で持ってきて、 自分のページに張り込んだりするのは、 明らかに違法行為となります。

大切なポイントとして次の2点を心にとめておいてください。

"Copy Left" を法的にどう扱うかは、まだきちんと整備されたわけではありません。 しかし、今後のデジタル化されたネットワーク時代には、 こうした問題を社会全体で真剣に議論しなければならなくなるでしょう。