はじめに

北海道 宗谷総合振興局 地域創生部 地域政策課サハリン交流推進係様のコーディネーションのもと、本学井出晃憲准教授の引率によって2019年9月6日から8日まで行なった、サハリン国立総合大学と交流の様子を本学4名の「学生レポート」によりご紹介いたします。

稚内北星学園大学、北海学園大学、北海道大学の学部生および大学院生8名が、本交流事業に参加しました。交流事業の内容や詳細は、北海道 宗谷総合振興局 地域創生部 地域政策課サハリン交流推進係様のウェブサイトから辿れる以下の文書をご参照ください。

http://www.souya.pref.hokkaido.lg.jp/ts/tss/Sakhalin_report2019.pdf

目次

  • 情報メディア学部4年 石尾 美岬さん
    • “…サハリンには魅力があり、まだまだ謎に包まれているところなのかもしれない。そこを開拓していくのが、現在稚内に住んでいる学生であり、稚内市民なのではないだろうか。”
  • 情報メディア学部3年 松本 大輔さん
    • “…外国人の人がなんとなく怖いと思ってしまっている風潮がある。しかし、今回の交流で日本人側が一方的に心の壁を作ってしまっているということがわかりました。”
  • 情報メディア学部2年 後藤 ほのかさん
    • “…稚内から一番近い外国なのに、行ってみたら知らないことだらけ。それでもサハリン大学の皆さんは日本の事を知ってくれていました。”
  • 情報メディア学部2年 稲葉 滉人さん
    • “…私たちが本当に分かり合うためにはもっとお互いのことを知る必要があり、その機会を今回の交流事業のように作っていく努力を怠ってはいけないと感じました。”
サハリン国立総合大学と日本からの交流グループのみなさん

サハリン渡航について

〜稚内・札幌とサハリンを繋ぐ〜

情報メディア学科4年 石尾美岬

 私は稚内市民として、ふと「一番近い外国」はどこかと考えてみた。道民に聞いてみたら、中国や韓国などの国が挙げられるのであろう。

しかし、稚内市民に聞くと、多分「ロシア」と答える人が多数存在するのではないか。それは市内に普通にロシア人がいて、稚内公園からはサハリンが見えるからである。 この肉眼で見える「サハリン」という場所について、大学でも講義で耳にしたことはあった。しかし行ったことはなく、一番近くて一番遠い存在のように感じていたのかもしれない。そんなサハリンに呼びかけられるかのように、今回の渡航話が舞い込んできたのは昨年に遡って話さなければならない。

昨年今回のサハリン渡航と同様の話が大学に入ってきた。私は最初乗り気ではなかったが、大学の教授からの勧めやロシア語の講義なども取得していたため、行ってみようと決意した。

そんな渡航間際に胆振東部地震が発生した。直接的な揺れなどはなかったが、ブラックアウトなどの影響から、延期若しくは中止という決断がなされたのだと先方から聞いた。

それから丸1年が経ち、今回のサハリン渡航に関して、また行ってみないかというオファーを大学が受けた。大学4年の最後の夏休みに外国に旅行として、また見聞を広めるという点からも、昨年からの行きたい熱は消えずにまた応募することになった。無事当選し今回のサハリン渡航を良いものにしたいとより一層考えるものになった。

ガガーリンの銅像と筆者

さて、ここからは実際にサハリンに行ったときに何を考え、得たものや最終的な総括について話していきたいと思う。

まずはユジノサハリンスク市内を周った2カ所について話していこうと思う。1つ目は「ガガーリン公園」である。ここは最初にガガーリンの銅像(下写真)が出迎えてくれることも素晴らしいが、なんと言っても、桜が咲くという点が素晴らしいと思う。桜は日本が世界に誇る花であり、稚内ではあまり見られないこともある。

今回の渡航では見ることは叶わなかったが、次の渡航の楽しみにもなり、外国で見る桜を写真に収めたいとも思った。

国境標石

2つ目は「国境標石」(上写真)である。

日本は近隣諸外国とは海で区切られているため、現在は国境という概念は存在しないと思う。博物館に展示されている物だが、サハリンが未だ樺太と呼ばれていた時代に日本とソ連には50度線という国境があった。北緯50度線上にあったこの国境標石は、日露の国境線になっていたことに、日露の深い関わりがあるのだと改めて知ることが出来た。

このように、サハリン市内及び博物館や美術館を観覧することで、サハリンの作品に触れることはもちろんだが、日本との関わりが改めて深いということも再認識する良い機会だったと感じる。

大学の講義では歴史的背景や概念的なモノは、一番近い外国ということで紹介はされる。しかし実物を目の当たりにすると、当時のことをなおさら感じることができ、大学に持ち帰るにはとても良い教材になると感じた。

次に大学間の交流について述べていく。

主にサハリンの大学側から現在のサハリンの環境や観光資源、これからの発展についてプレゼンして頂いた。日本側としては、サハリンと日本・北海道の関わりやこれからどう接していけばよい外交を築くことが出来るのかを大学生ならではの見解でぶつけることが出来た。また、私は稚内のブランドや大学についてもサハリンの学生の方々に紹介することが出来た。

その後サハリンの大学生と一緒に街中や買い物を行った。

サハリンの学生は日本語を学んでいるとは聞いていたが、通常の会話が苦にならないほどきれいな日本語を使っていて、我々日本人がびっくりしてしまうほど上手だったのが最初の印象である。昼食の時には、ロシア語のわからない我々日本人に対しても通訳を買って出てくれ、貴重な時間を経験していると感じるばかりだった。同年代の学生同士が国を超えて交流することによる意義があり、よい刺激になっていたのではないだろうか。次はサハリンの大学生の皆さんを北海道に招待し、日本流の「おもてなし」をしてあげたいと思った。そして、大学生の方々との連絡先を聞くこともでき、現在でも連絡を取り合っている。このような経験も実際に現地に行って、顔を向かい合わせたから出来たことだと思う。

NHKインタビューを受ける筆者

今回のサハリン渡航に関して、稚内市内のニュースや新聞などでも取り上げて頂くことも多かった。特に私はインタビューなどもして頂き、渡航前にもサハリンの宣伝が出来ていて良かったと思う。

大学に帰ってからも「サハリンはどうだった?」という声や「何を学んできたの?」という声が多かったのが印象としてある。色々な質問がある中で、私は第一声に「凄く楽しかった!」ということを、声を大にして言っていることである。

特にサハリンへはビザの取得など手間がかかることから、中々渡航している人が少なく、その人たちに「サハリンは人から街から人情味があふれている」ということが私たちの発言によって感じてくれることを願っている。質問してくれた人の中には、私の話から「一度行ってみたい」と言ってくれる人もいた。それだけサハリンには魅力があり、まだまだ謎に包まれているところなのかもしれない。そこを開拓していくのが、現在稚内に住んでいる学生であり、稚内市民なのではないだろうか。

サハリンに関する関心を稚内から北海道・日本へと輪が広がっていくことをこれからも願っている。

サハリン視察を行って

情報メディア学部 3年 松本大輔

1.サハリンへの派遣を希望した理由

私がサハリン州への派遣を希望した理由は、私自身海外旅行経験もなく、今回の交流事業のお話を聞いたとき、「こんなに近いのに、サハリンのことについて何も知らない。」ということに稚内市民として少し恥ずかしく思いました。以前ロシアからホームステイをしに来ているという方と偶然交流があり、そのときに外国人の方と交流することの楽しさに気づきました。


今回の交流事業を通して、サハリンのことについてもっと知り、外国人の方と交流するという願望があり、サハリンへの派遣を希望しました。

 

2.サハリンに到着して受けた印象

外国人の方が日本に初めて降り立った時、日本は醤油の匂いがするという感想をどこかできいたことがありますが、私がサハリンに到着して初めて思ったことは「紅茶のような匂いがする」でした。


後に空港の近くで食事をしたときにその匂いが紅茶ではなくて、料理に入っている香辛料の匂いだとわかりました。

右側走行をするバス

空港から出てすぐに日本ではないところについたという実感をしました。


私は普段車を運転するのですが、サハリンは道路が右側走行で、左に運転席があることが私にとってはとても違和感を覚えました。常に逆走をしているような感覚になり、最終日まで慣れることができませんでした。

 

日本よりも愛煙家が多くて、タバコを吸っている私としては吸える環境が日本よりも整っていて、住みやすいところであると感じました。また、ホテルの外でタバコを吸っていたら、二人の方にタバコをくださいと話かけられました。日本では、他人からタバコをもらうという文化はあまりないので、正直驚きました。でも逆に嬉しい気持ちもありました。

 

僕たち日本人であれば外国人の方に話かけることすら抵抗があるに対し、サハリンの方は、どこの誰だかわからない日本人の僕を信頼して話かけてきてくれました。このことで、僕達が一方的に心に壁を作ってしまっていていることを強く実感しました。

 

3.ユジノサハリンスク市の日本にゆかりの施設を巡った印象

上:ユジノサハリンスク美術館 (旧北海道拓殖銀行豊原支店) 下:美術館内

ユジノサハリンスク美術館に飾ってある絵をみると稚内とゆかりのあるものが飾ってあり、また日本にはない文化のものも飾ってありました。それを見て稚内との深い関係性を感じました。また、今までそのような関係があったことを知らなかったことに衝撃を受けました。

 

4.サハリン大学側のプレゼンを聞いた印象

学部がメディア関係、教職、留学生交流と稚内北星学園大学と似ている部分が多々あったので、今後大学間で交流がすることがあれば、お互いいい刺激を与えることができるいい関係になるのではないかと思いました。

 

5.サハリン大学側との意見交換

お互いのことをどう思っているかということについて議論しました。


サハリンの人は日本人の事をよく思っていて、サハリンにくることもウェルカムな気持ちであることに対し、日本人の外国人の人がなんとなく怖いと思ってしまっている風潮がある。しかし、今回の交流で日本人側が一方的に心の壁を作ってしまっているということがわかりました。


今後の友好的な関係を築いていくには日本人側の意識を変えていかなければいけないという課題がみつかりました。

6.市内をサハリンの大学生と一緒に巡って感じた印象

サハリンのデパート (シティーモール)

日本人の事を丁寧に案内してくださる姿を見て、おもてなしの心がサハリンにもあることを嬉しく思いました。


同世代のサハリンの大学生は日本の大学生と通ずるところが多々あり、外国人の方に初めて親近感を感じることができました。

7.コルサコフ市内を巡った印象

高台から見たコルサコフ市内

気候的にも地形的にも稚内に似ていて、ユジノサハリンスクとは少し違った雰囲気を感じた。特に、市内で買い物をしているとき、日本人団体からはぐれてしまった私を、案内してくださった親切な現地の方もいて、日本人のことをよく思ってくれている人もいることが嬉しく感じました。

 

8.帰国後、今回の事業について話をした周囲の人の反応

新聞記事やテレビで流れたニュースを事前に見てくださった方からは、「自分もサハリンに行きたくなった」という感想をもらえました。

9.まとめ

人生初の海外がサハリンであったことは一生の自慢になると思います。
食べ物や文化が全く異なっていて、不慣れな部分がありましたが、そこで生きている人たちは私たち日本人と似ている部分が多々あり、全く違う人種ではありませんでした。私たち日本人が少し違った考え方、視点を持つだけで友好な関係がつくれる人達であると今回の交流で強く思いました。


また、まだサハリンにいったことがない人にサハリンの話や、サハリンの大学生の話をすることで国際間だけではなく、実際に住んでいる私たち日本人の意識を内側から変えるきっかけになれればいいなと思っています。

サハリン交流に参加して

情報メディア学部 2年 後藤ほのか

1. サハリンへの派遣を希望した理由

私はこれまで海外へ行ったことがありませんでした。そして、日本語の通じない海外は「怖いところ」だと思っていました。 ですが、この派遣のお話を大学を通して聞いた際、仲間となら異国でもどうにかなるかもしれない、経験してみたいと思いました。 また、祖母は樺太出身で、祖母の生まれ育った地を訪ねてみたいとも思い、参加を希望しました。

2. サハリンに到着して受けた印象

空港の写真です
大学の先生からモスクワの写真を見せてもらったりしており、The・外国というのを想像していました。 ですが、街ゆく人は外国人でも、日本車が多かったり、建物の感じなんかは日本の田舎…というよりも稚内の外れの方に近いように感じました。 親近感を感じ、一気に緊張がほぐれたのを鮮明に覚えています。

3. ユジノサハリンスクの施設を巡った印象

日本は原則として「写真撮影NG」が多いかと思います。 ですが、巡った施設はどこもNGがなく、驚いたと同時に記録・思い出が残せてうれしいと感じました。 いざ携帯で撮っていると少々悪いことをしている気分でしたが…。
カタカナで「ヤマハ オルガン」と書かれています。
象牙のようなものに彫刻がされています。トナカイなのがロシアらしい気がします。
施設にて展示されているものは日本の記念館や郷土博物館のようなところと雰囲気が近いようなところや、外国ならではの宗教的なものもあり、人物が描かれているものはもちろん外国の方の顔で、そこで「ああ海外にいるんだな。」と実感しました。 また、絵の展示がある所では、北方領土をロシアの地として描かれており、日本の「北海道民」としてかなり複雑な心境でした。 新品の本がご自由にどうぞと置かれていたのも印象深く、内容はともかく一冊頂いてきたのもよい思い出です。

4. サハリン側のプレゼンを聞いた印象

まず第一に、日本語の上手さに驚きました。日本語学科の学生さんとは言え、理解しづらい日本語を想像していたので流暢に話す姿に感動しました。 正直なところ、緊張しすぎてサハリン側が何を話していたのか、自分達も何を話したのか、あまり覚えていません。 ですが、日本と同じようにスライドを使って発表するスタイルなのに親近感を覚え、やはり話すだけより分かりやすいと感じました。 ただ、発表自体が短いものや、スマホをずっといじっている学生もおり、そこでも文化の違いを感じました。 また、日本の学生はスーツにて参加しましたが、サハリンの学生はラフな服装であり、堅苦しい恰好よりも、ラフな格好の方が交流も弾みやすかったのかなとも思いました。 日本人の我々よりも日本のことについて調べ、ロシア(サハリン)と日本を比較して紹介してくださり、より理解が深まり、分かりやすかったと思いました。
視察先でウエディングフォトが撮影されていました。 美しい、しか言葉が出ませんでした。駐車場にあったディスコバスも日本にはないような面白い車両でした。

5. 意見交換での議論の内容・感想

日本語学科に入学したきっかけや出身を日本側で伺ったほか、お互いの国についての印象や気候について交流しました。 きっかけや出身地を伺うと、地元出身ももちろんですが、サハリン以外から日本語を学ぶために来られた学生さんも居り、学ぶきっかけはアニメが多く、その他お父さんが日本語教師で影響を受けた方もおられました。 日本語を学ぶきっかけはやはりアニメが多い印象を受けました。私は過去にドイツ人をホームステイで受け入れたことがあるのですが、その中でもアニメから日本に興味を持った方がいました。 日本=アニメのイメージがやはり強いのかと感じました。お互いの国についての印象は、先述した通り日本=アニメの印象でした。 日本側からは、外国人は怖がられる、ロシア人も怖いと思っている人がいると伝えました。 勿論初対面の外国人に「怖いと思われているよ」と突然言われたらショックを受けるでしょう。 ですが、せっかくの交流なので、ありのままを伝えました。 やはりとても驚き、少しショックを受けたような反応が返ってきましたが、すぐに「怖くない、怖くないですよ。」と返答があり、場は一気に和み、そこから話が進んでいったように感じました。
記念撮影での一枚
各国の気候については、我々がサハリンの大学に伺った日が暑く、いつもこうなのか尋ねました。 後にガイドさんからも聞きましたが、サハリンとしてはとても珍しいくらい暑かったそうです。 その日は稚内でも25度くらいあったと母から報告もあり、やはり近いのだなと再確認しました。 気温以外にもお聞きしましたが、稚内と通じるものがあり、よりサハリン―稚内間の近さを実感しました。

6. 市内をサハリンの大学生と一緒に廻って感じた印象

日本の大学生は静かな方とワイワイする人と分かれる印象ですが、サハリンの大学生は比較的静かで、大人しい印象でした。 特に女性は声に出して笑うことも少ない学生も居り、どこか具合でも悪いのかと心配になるくらいでした。 女性は仲の良い人同士で固まり、男性は割と皆で打ち解けて行動する感じなんかは日本と同じなんだなと思いました。 街の印象は、それまでの見学先での印象とは違い、内装がド派手なショッピングモールがあったり、外装からド派手な教会があったりと、少し都会感があるように感じました。
ショッピングモールでの一枚。 日本のイオンのような想像でいたらかなりディスコのようなギラギラ感…
ド派手な教会での一枚。 タージマハルとか言われても納得しちゃうような…

7. コルサコフ市内を巡った感想

目的地に近づくにつれて低くなる建物、いなくなる人、広がる緑、見えてくる海、強(暴)風…どこかで見た・感じた気が…と親近感がわいていました。帰国後よく考えてみると、稚内の西浜に近いのだなと気づきました。そんな中に歴史的な碑と防空壕のあと?があり、その手前には某コンビニにそっくりな外見の小売店もあり、過去と現在を行き来するかのような、不思議な感覚でした。
日本でよく見る色合いに7…?日本のコンビニとはつながりないそうです。
生えている草木なんかも日本感あふれていました。 船が外国を匂わせます。

8. 帰国後の周囲の反応

ロシアに行ってきましたと言うと大体「どこに行ったの?やっぱりサハリン?」や「どんな感じなの?」という質問が返ってきます(サハリン?と聞くのは稚内あるある?)。 建物も古く、道路も舗装されていないような想像をしている方が多く、写真を見せると「案外きれいなんだね!」と言われることが多いです。 また、怖い・治安の悪いイメージも多く(特にお年寄り)、そんなにみんな怖くない事、スリに遭わなかった事を伝えるだけでとても驚いていました。

9. まとめ

出国前日の交流会では正直どうなることかと思っていました。 稚内組は同じ大学とあって皆面識がありますが、札幌組はそもそも交流もなかったようで、このまま国外に行って楽しくやっていけるのだろうかと飛行機内で静かに泣いたりもしました。 それが今ではSNS上でやり取りする仲となりました。 異国の地で異文化、歴史に触れ、日本とのつながりに触れ、現地の人と交流し、普段の生活や国内では得られない濃い思い出を得られたと思っています。 稚内から一番近い外国なのに、行ってみたら知らないことだらけ。 それでもサハリン大学の皆さんは日本の事を知ってくれていました。 これから、少しづつかもしれませんが、ロシア・サハリンの事について知っていけたらなと思いました。 一生の思い出となる貴重な体験をありがとうございました。

サハリン交流に参加して

情報メディア学部 2年 稲場滉人

1. サハリンへの派遣を希望した理由

私がサハリンへの派遣を理由は二つありました。

一つ目はもともとロシアという国に興味があったからです。

ロシアはカーリングが強いことで有名です。

平昌オリンピックでも予選三位の実力を有していて強豪国とされています。

そんなロシアがカーリング以外にどんなところがすごいのか、いったいどんな国なのかを実際に行ってみて自分の目で見て知ってみたかったからというのが一つ目の理由です。

二つ目は純粋に海外というものに行ってみたかったからです。

私は今まで海外に行ったことはなく、海外の情報と言えばメディアや人の話を通してだけでした。

私の中では海外というのは現実のものとはいまいち認識できていなかった気がします。

私の中であいまいなままの海外に自分の体を置き、現地でしか感じることのできないものを感じることで、海外の知識をさらに深めれば自分の中での海外への認識も変わると思ったというのが二つ目の理由です。

2. サハリンに到着したと一番実感した瞬間

 

サハリンへ来たんだと一番最初にしっかりと実感することができたのは、サハリンに到着してすぐに訪れた飲食店のトイレの中でした。

トイレのドア(左) トイレの中(右)

上の画像にある通りとてもおしゃれなトイレでした。

日本のトイレなどでは清潔感や利便性を重視するイメージですが、ここのトイレではまるでマンションやホテルの部屋の入口のようなドアがあったり、本棚があるように見える壁紙があったりと、芸術的な所を大切にしているように感じ、そういった日本にはないようなものを実際に見て初めて自分はサハリン(外国)に来たんだと強く実感しました。

3. サハリン側のプレゼンを聞いた印象

私が一番感じたのは日本語の上手さです。

日本語学科と聞いていたのである程度日本語が話せるのかなーくらいにしか思っていなかったのですが、プレゼンをきいていると難しい日本語なども混ざっており、相当準備をして臨んでくれたんだなと思い、感動しました。

左の彼が元気な挨拶をしてくれました

日本を代表して交流するということもあり、うまくサハリンの学生と交流できるか心配でかなり緊張しながら向かたのですが、日本の浮世絵が描かれたTシャツを着ていた学生の方が、私たちと初めて会ったときに「こんにちは!!」と日本語で元気なあいさつをしてくれました。

日本の文化をその身に着けているという事実と、屈託のない笑顔での元気な挨拶を聞いてふっと緊張が解けたのを覚えています。

4. 意見交換での内容と感想

お互い最初は何を質問したらいいのか戸惑い沈黙が続きましたが、最初に沈黙を破ってくれたのはサハリンの学生側でした。

「ロシアの料理は食べましたか?どれが一番おいしかったですか?」という質問でした。

私たち日本の学生側は各々おいしかった料理をあげていきました。

ちなみに私はロシアのお寿司が一番おいしかったと答えました。

私が特に印象的だった質問はサハリンの学生が「どうすれば日本の学校に留学できるのですか」という質問でした。

和やかな雰囲気の意見交換の場

私はその質問に対してうまく答えることができなかったですが、サハリンの学生が日本に本気で留学したいということが分かって、とても嬉しかったです。

そして最後のほうにはお互い緊張も解けていて意見交換終了の号令があった後も私たちに「日本のアニメ好きなのであなたの好きなアニメ教えてください」と質問してくれていました。

お互いがお互いの国に対してどのように考えているのかを和やかな雰囲気で語り合うことができ、本当に有意義な時間でした。

5. ロシア市内での感じた点

基本的に道は広々としていて、歩きやすかった印象です。

そのため、ベビーカーやキックボード、セグウェイ、などがたくさん通っていましたがそこまで邪魔には感じませんでした。

その中で面白いなと感じたのがベビーカーの形です。

公園などではたくさんの面白い形のベビーカーを見かけました。

例えばバスタブのような形のベビーカーや、卵のような形のベビーカー、車のような形のベビーカー、様々な形のベビーカーがあり、そういった部分でも芸術的なセンスがあって面白いなと感じました。

公園内で見かけたキックボードやベビーカー

トイレに関しては訪れた三分の二は鍵が閉まりませんでした。なのでドアを中から抑えながら用を足すこともしばしばありました。逆に、一緒に来ていた学生の部屋のトイレのドアは鍵が開かなくなったりすることもあったらしい。改めて日本のトイレのすばらしさを感じ、少しだけ日本のトイレが恋しくなりました。

6. まとめ

私は日本人であり北海道民で稚内に住んでいます。

その中のことは詳しくても、海の向こう側にわたってみれば知らないことだらけでした。

こんなに近い距離にいる私たちでもここまで違うものなのかと訪れる先々で思いました。

私たち日本人が当たり前と思っている価値観や考え方がありますが、海を越えた向こうでは受け入れられないことがあるということを知りました。

私たちが本当に分かり合うためにはもっとお互いのことを知る必要があり、その機会を今回の交流事業のように作っていく努力を怠ってはいけないと感じました。

今回の交流事業ではとても多くのものを学ぶことができました。

それを今後の人生に活かしていきたいと思います。貴重な体験をありがとうございました。